昔懐かしい駄菓子問屋さんが集まる細く狭い路地は駄菓子屋横丁と呼ばれるところです。ラーメン横丁でしたら訪ねたことがありましたが、駄菓子屋横丁は!この日も催し物があるのでしょうか、主婦のような方があれやこれやとまとめ買いをして、賑わっていました。 |
さて、王子街道を進むと左手に善性寺が見えてきます。6大将軍徳川家宣がよくここを訪れたことに由来するようです。 |
そして善性寺の向かいにあるのは羽二重団子です。江戸時代から茶屋を開き、ここで団子を売っていました。この羽二重団子の横に芋坂という坂があり、慶応4年5月15日、上野の戦争で敗れた彰義隊数百人は日光へ逃げるため、この芋逆を駆け下りてきたという。その際に数名が羽二重団子の店に侵入、刀、槍を縁の下に投げ込み、野良着に変装したそうです。 |
■おまけ■
羽二重団子
創業は文政2年で、初代庄五郎が芋坂の「藤の木茶屋」で、王子街道を従来した人々に団子を売ったのがはじまりとのこと。この団子がきめ細かく羽二重のようだと評判を呼んだそうです。正岡子規も食べたそうです。 |
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笹乃雪
尾久橋通りと尾竹橋通りとの交差点に風情のある豆腐料理店があります。 |
さらに進むと尾久橋通りに合流します。実は私が一番見たかった戦前に立てられた名前も建物もレトロな「蔦谷アパート」があるはずが・・・既に取り壊されており、新しくマンションが建つようでした。幻の「蔦谷アパート」となってしまったのですが、近くにあるレトロな建物を撮ってきました。 |
尾久橋通りから住宅街へ入ると、あの有名な林家三平師匠の記念館、ねぎし三平堂があります。入口がしまっており、看板を見ると「開堂日 毎週土旺・水旺 どーもすいません」とありました。 |
言問通りから路地裏にはいると、レトロな雰囲気を残す民家があり、こちらでは工務店を営んでるようです。
そして、この先にもすぐ古い洋館を見つけました。 |
実は、こちらがツタにおおわれた物体の正体です。
表札は西宮版画店となっていますが、人が住んでいる様子がありません。その脇を通ると、ツタにおおわれた洋館の側面を見ることができます。 |
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